【ケース別】相続で印鑑を押してくれない原因と対応方法
遺産分割や相続にあたって、印鑑を押してくれない原因としてよくあるケースは以下の2つです。
- 遺産分割に納得していない
- 実印がなく印鑑を押せない
遺産分割に納得していない場合は、双方の合意に向けて再度話し合うか、それが難しければ弁護士や家庭裁判所を介して協議を行う必要があります。
実印がない場合は本人か代理人が準備を進めなくてはいけません。
それぞれのケースに応じた対応について、詳しく解説していきます。
遺産分割に納得していない場合
遺産分割において、遺産分割協議書に印鑑を押すことは協議書に記載の内容に同意したとみなされる行為です。
「印鑑を押してくれない」ということは、遺産分割協議に納得していないということでしょう。
「遺産分割が不公平だと感じる」「協議書の内容が信用できない」など、さまざまな理由が考えられます。
例えば、相続人の1人が生前贈与を受けているのにそれが加味されていなかったり、献身的な介護や、無給で家業を手伝うなどして被相続人の財産の維持や増加に寄与したことが考慮されていなかったりした場合、不公平だと感じるでしょう。
また、勝手に遺産分割の内容を決められていたり、利害が発生する相続人によって遺産分割協議書が作成されたりして不信感を抱いているケースも考えられます。
「相続の手続きを進めたいのに印鑑を押してくれない人がいる」というときは、以下のような対応方法があります。
- 再び遺産分割協議を行う
- 弁護士を通じて交渉を進める
- 遺産分割調停の申し立てを行う
- 遺産分割審判に移行する
詳しく解説していくので、自身の状況に応じて対応を検討してみてください。
再び遺産分割協議を行う
相続人同士での話し合いが不十分なために遺産分割協議書に納得がいっていない、信用できないという場合や遺産分割の割合に不満を感じている場合は、再び遺産分割協議を行います。
全ての遺産を把握できていない相続人がいるときは「財産を隠しているのではないか」という疑念を持たれてしまうのも当然です。
相続人全員が遺産の全体像を掴んだ上で、遺産分割協議の内容に納得できるよう努めましょう。
全員の理解と同意が得られるように、預金の明細だけでなく不動産や株式が遺産に含まれる場合、その評価額まで示せると良いです。
また、生前贈与を受けている相続人がいる場合、遺産を分割するときに加味する必要があります。
生前贈与とは、生きている間に財産を他社に贈与すること。つまり、遺産の前渡しです。「特別受益」と呼ぶこともあります。
「亡くなる前に不動産を譲り受けた」などの生前贈与があった場合は「特別受益の持ち戻し」といって、亡くなった後で遺産の分け方を協議するときに前渡しした分を相続財産に含めて計算を行います。
他にも、相続では「寄与分」を考慮する必要があります。
寄与分とは、献身的な介護や、無給で家業を手伝うなどして被相続人の財産の維持や増加に特別に寄与したと認められた相続人は、多く遺産を相続できるという制度です。
寄与分が認めるに相当するかを判断するためには、以下のような要素が考慮されます。
- 対価を受け取っていないか
- 被相続人と相続人の関係(親子や夫婦)から通常期待される程度を超える行為か
- 片手間ではなく、その行為に専念していたか
- 一時的でなく、長期間継続していたか
上記のとおり、寄与分が認められるハードルは意外に高いです。例えば、同居している親子が「毎日食事の面倒を見ていた」「病院の送り迎えをしていた」と主張しても、一緒に住んでいる親子であれば通常期待される程度の行為であると判断される可能性があります。
「仕事をやめ、親の家業を無償で手伝った」など、客観的に見て「家族関係があっても通常は期待できる行為ではない」と判断されなければ、寄与分が認められるのは難しいのです。
また、相続人同士で寄与分を認めるかどうかで揉めることも少なくありません。
後ほど解説する調停や裁判によって相続を進める方法もありますが、お金も時間もかかります。
また、裁判においてはあくまで法律に則った判断が行われます。相続人の間で考慮したい特別な事情や希望があっても叶うことはほとんどありません。
まずは、相続人同士で納得がいくまで話し合い、協議書の内容をまとめることを目指しましょう。
弁護士を通じて交渉を進める
「生前贈与が後から発覚した」「寄与分を認めるかどうかで揉めてしまった」などの事情で当人同士での話し合いや解決が難しいときは、弁護士を通じて交渉を進めましょう。
法律と交渉のプロである弁護士が第三者として間に入ることで、平和的な解決に向けた話し合いがより冷静に進められます。
また、弁護士が介入することで以下のようなメリットを期待できます。
- 遺産分割協議書の内容を法的な根拠とともに伝えられる
- 客観的に交渉の妥結点を見つけてくれる
- (押印をいやがらせとして拒否していた場合)態度を改めてもらえる
弁護士は依頼人の利益を最大化できるようサポートしてくれます。
万が一、この後調停や審判に発展したとしても心強い味方になってくれるでしょう。
遺産分割調停の申し立てを行う
弁護士が間に入っても遺産分割協議が難しいときは、遺産分割調停の申し立てを行います。
遺産分割調停とは、家庭裁判所で調停委員を介して相続人同士の合意形成を目指す話し合いのことです。
話し合いといっても、希望すれば当人同士は顔を合わせずに進めることができます。裁判所の調停委員が双方の主張を聞き取り、解決策を提案したり調整したりするためです。
調停は、あくまで相続人同士の合意形成が目的となるため、納得のいかない相続人が1人でもいれば申し立てを取り下げない限り話し合いは続きます。
裁判所が公開している、遺産分割調停を行うときの申し立て先・費用・必要書類は以下のとおりです。
項目 |
内容 |
申し立て先 |
相手方のうちの一人の住所地の家庭裁判所又は当事者が合意で定める家庭裁判所 |
申し立て費用 |
被相続人1人につき収入印紙1200円分、連絡用の郵便切手 |
必要書類 |
申立書1通及びその写しを相手方の人数分、標準的な申立添付書類 |
標準的な申立添付書類とは、以下の書類を指しています。
- 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍,改製原戸籍)謄本
- 相続人全員の戸籍謄本
- 被相続人の子(及びその代襲者)で死亡している方がいらっしゃる場合,その子(及びその代襲者)の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍,改製原戸籍)謄本
- 相続人全員の住民票又は戸籍附票
- 遺産に関する証明書(不動産登記事項証明書及び固定資産評価証明書,預貯金通帳の写し又は残高証明書,有価証券写し等)
相続人と被相続人の関係性によって追加の書類が必要なこともあるので、詳しく知りたいときは裁判所のホームページを確認しましょう。
遺産分割調停|裁判所
遺産分割審判に移行する
調停でも遺産分割について合意が取れないときは、遺産分割審判に自動的に移行します。
遺産分割審判では、当人同士の話し合いではなく裁判所の判断によって遺産の分割方法が決まります。
つまり、遺産の分割方法の決定権は裁判官にあります。
調停と違って、結論に反対する相続人がいたとしても審判で決定した分割方法は覆りません。
審判に不服があるときは、審判の告知を受けた日の翌日から2週間以内であれば不服の申し立てができます。申し立てをしないで2週間が過ぎた場合や不服申し立てが認められなかった場合、審判は確定します。
仮に押印を拒否していようと反対していようと、調停の調停調書や審判の審判書が作成されれば相続人の実印・印鑑証明書がなくても遺産の名義変更などの手続きや相続が進められます。
ちなみに、遺産分割調停を経ずに遺産分割審判の申し立てを行ったときは、相続人同士でまずは話し合うよう求められ、調停に回される可能性もあります。
実印がなく印鑑を押せない人がいる場合
相続の手続きにあたって印鑑を押してくれない理由でよくあるのが「そもそも実印がない」というケースです。
実印とは、市役所や区役所などの地方自治体に印鑑登録を行った、公的に認められた印鑑のことを指します。
遺産分割協議書は、相続人全員の署名と押印が必要で、このとき使う印鑑は実印でなくてはいけません。また、添付資料として全員分の印鑑証明書も必要です。
しかし、相続人の中には実印と認印の違いを知らなかったり、印鑑登録を行ってなく実印がなかったりする人がいる場合もあります。
相続が滞り影響が出るのを避けるため、そんなときは以下の対処法で手続きを進めるようにしましょう。
- 印鑑登録をしてもらう・代理で行う
- 海外に住んでいるなら署名証明書を発行してもらう
- 相続人が服役中なら拇印と奥書証明をもらう
それぞれの例を紹介します。
印鑑登録をしてもらう・代理で行う
印鑑登録は、基本的に住民登録している市区町村の役所で行います。
そのため、各市区町村の役所が開いている間に手続きを行う必要があります。基本的には平日の日中になりますが、役所によっては土日や平日の時間外も専用の窓口で対応してもらえるケースもあります。実際に登録を行う際は、事前に役所のホームページなどで受付時間を確認するようにしましょう。
委任状があれば、本人に代わって代理人が印鑑登録を行うことができます。
代理人による印鑑登録の流れは以下のとおりです。
- 登録する印鑑、登録者本人が作成した委任状、代理人の本人確認書類を持参して、各市区町村の窓口で登録申請を行う
- 登録者本人の自宅に照会書(兼回答書)が郵送される
- 登録者本人が回答書に必要事項を記入し、登録する印鑑を捺印し署名する
- 申請した窓口に照会書(兼回答書)、登録者本人が作成した委任状、登録者本人の本人確認書類またはその写し、代理人本人の本人確認書類、代理人本人の印鑑を持参して登録
ちなみに、印鑑登録には本人が行う場合も代理人が行う場合も窓口で支払う手数料として、300円がかかります。
また「実印をなくしてしまった」というときは、印鑑登録を行った市区町村の役所で印鑑登録廃止申請書を提出し、実印の廃止の手続きを行った上で、別の印鑑を実印として登録することが可能です。
海外に住んでいるなら署名証明書を発行してもらう
もし、海外に住んでいる相続人がいる場合、実印や印鑑証明に代わって署名証明書を発行してもらう必要があります。
署名証明書とは、海外に在留していて、日本に住民登録をしていない人に対して日本での手続きのために印鑑証明に代わって発行・給付されるもののことです。
署名証明書を取得するときは、現地の大使館または領事館などの在外公館に遺産分割協議書を持参し、領事の目の前で書類に署名を行います。
証明書の形式は、署名する書類と署名証明書を一緒に綴じて割印を押してもらう貼付型と署名する書類とは別で発行する単独型の2種類あり、行う手続きや提出先によって求められる書類の形式が異なるため、事前の問い合わせと確認が必須です。
相続人が服役中なら拇印と奥書証明をもらう
服役中の相続人がいる場合、印鑑登録をしていても押印ができないため拇印を押してもらい、刑務所の所長から奥書証明をもらう必要があります。
奥書証明とは、証明を求める者から証明事項を記載した願書などを提出してもらい、その副本の文末に署名などを行うことで求められている事項を証明することを指します。
今回のケースにおいては、刑務所の所長に遺産協議書に拇印を押したのは相続人本人であることを証明する書類を提出してもらうということです。
相続で印鑑を押してくれないときにやってはいけない行動
相続人がなかなか協議に納得してくれず、印鑑を押してくれないからといって
相手を騙したり脅したり、協議書を偽造したりするのは犯罪行為にあたります。
相続を進めたい気持ちはわかりますが、間違っても以下のような行動は起こさないようにしましょう。
相続権を失うだけでなく、懲役や罰金などが課せられることになりかねません。
詐欺や脅迫行為
印鑑を押してくれてない相手を騙したり、脅したりして無理やり押印させるのは犯罪行為のため、絶対に行ってはいけません。
また、仮にそれで遺産分割協議書に署名・押印してもらえたとしても民法第96条によって無効になります。
第九十六条 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
引用元 e-Gov法令検索
また、相続のときに詐欺を働くことは遺産の相続権を失ったり剥奪されたりする「相続欠格」に該当します。
相続欠格事由は、民法第891条によって、以下のように定められています。
第八百九十一条 次に掲げる者は、相続人となることができない。
一 故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、刑に処せられた者
二 被相続人の殺害されたことを知って、これを告発せず、又は告訴しなかった者。ただし、その者に是非の弁別がないとき、又は殺害者が自己の配偶者若しくは直系血族であったときは、この限りでない。
三 詐欺又は強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、撤回し、取り消し、又は変更することを妨げた者
四 詐欺又は強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさせ、撤回させ、取り消させ、又は変更させた者
五 相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者
引用元 e-Gov法令検索
つまり、遺産分割協議書に押印させるために詐欺や強迫を行うと相続人になることができず、遺産の相続権そのものを失ってしまいますので絶対にやめましょう。
遺産分割協議書の偽造や捏造
また、相続人の実印を勝手に押したり署名を代筆したりすることは、契約書の偽造などと同じ私文書偽造にあたるため、絶対に行わないようにしましょう。
私文書偽造は、刑法159条違反となり3か月以上5年以下の懲役が課せられる可能性があります。
また、偽造した遺産分割協議書を不動産登記申請などの相続の手続きに使用してしまうと、さらに公正証書原本不実記載の罪に問われます。
公正証書原本不実記載は、刑法157条の違反にあたり、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金が課せられる可能性があります。
いずれも刑法で罰せられる犯罪行為なので、絶対に行ってはいけません。
実印や印鑑証明書が必要になる手続き
実は、遺産分割協議だけでなく、相続のありとあらゆる場面で実印や印鑑証明書が必要になります。
実印や印鑑証明書が必要になる手続きの例は、以下のとおりです。
- 預貯金の払い戻し・株式や投資信託の名義変更
- 不動産の相続登記(名義変更)
- 相続税の申告
それぞれの手続きについて見ていきましょう。
預貯金の払い戻し・株式や投資信託の名義変更
被相続人の預貯金の払い戻しや株式や投資信託の名義変更にも実印や印鑑証明書が必要です。
預貯金の払い戻しを行うときは、遺産分割協議書に加えて、法定相続人全員の署名と押印がある書類を提出しなくてはいけません。
また、株式や投資信託の名義変更においては、遺産分割協議書に加えて遺産分割協議に参加した全員の印鑑証明書の提出を求められるのが一般的です。
これは、遺産分割協議書へ捺印した印鑑の印影が、実印の印影と相違ないことを確認する役割があります。
また、被相続人の預金口座は名義人が亡くなった時点で凍結されます。
凍結されたまま放置され、最後の取引から10年が経過すると、口座は自動的に休眠口座となります。
休眠口座にある預金は、2018年に施行された「休眠預金等活用法」に基づいて民間公益活動に使われるようになっています。
休眠口座になった時点で金融機関から通知がされますが、さらに10年が経過すると消滅時効を迎え、相続できるはずだった預金を下ろせなくなってしまうため、注意しましょう。
不動産の相続登記(名義変更)
不動産の相続登記(名義変更)にも遺産分割協議書と併せて遺産分割協議書に参加した全員の印鑑証明書の提出が必要です。
法定相続分として登記を行う場合や遺言書に基づいて相続を行うときは、印鑑証明書は不要です。
また、遺産分割調停の調停調書や遺産分割審判の審判書がある場合も同様です。
ちなみに、相続登記は行えなくても、取得時効という制度によって建物の所有権は取得できる可能性があります。
取得時効とは、一定期間の経過などの要件を満たした場合、所有権などの権利を取得できる制度です。
民法162条と163条に定められており、所有権の取得時効の成立には主に5つの要件を満たす必要があります。
- 所有の意思のある占有であること
- 平穏かつ公然の占有であること
- 他人の物を占有していること
- 占有が一定期間継続していること
- 占有開始時に善意無過失であること
上記の要件を満たしていれば、元々自分のものでない、所有権が別の人にある建物が自分のものになる可能性があります。
相続税の申告
相続税の申告にも、遺産分割協議書を作成した場合、法定相続人全員の印鑑証明書を併せて提出する必要があります。
相続税は、相続開始を知った日の翌日から10ヶ月以内に申告して、現金で一括納付しなければいけません。
遺産分割協議が終わっていなくても納付する必要があるため、ひとまず法定相続分(法律で決められた取得分)に応じた相続税を相続人がそれぞれ申告・納税します。
遺産分割協議が完了して、納付額に変更が出た場合は正しい金額で再度申告を行います。
期限内に申告・納税を行わなかった場合、ペナルティとして無申告加算税や延滞税といった税金を追加で支払う必要があります。
また、遺産に不動産が含まれておりそれを放置した結果、市町村から特定空き家に指定された場合、最大6倍の固定資産税の支払いを求められる可能性があります。
居住用の住宅は、課税標準の特例が適用され固定資産税が軽減されているのですが、必要な管理がされていない空き家は、居住用の住宅とは認められません。
行政から「特定空き家」や「管理不全空き家」に認定され、課税標準の特例が適用されなくなった結果、固定資産税が増えてしまうのです。
相続があることを知ったにも関わらず「まだ遺産分割協議の最中だから」と期限内に申告・納税を行わなかった場合、手元に残る財産が少なくなってしまうので気をつけましょう。
まとめ
遺産分割協議において、相続人が印鑑を押してくれないときは、状況に応じて話し合いや遺産分割調停・遺産分割審判を行います。
遺産分割協議は、どうしても相続人同士では冷静な話し合いが難しいこともあります。
また、相続人の実印や印鑑証明書が必要になる手続きは多岐に渡ります。協議書への押印が遅れたことで相続が滞り、追加徴税などのデメリットが発生しないよう、早めに情報収集を行っておきましょう。
調停に発展した場合も心強い味方になってくれるので、専門家への相談を検討することをおすすめします。
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