家族信託は認知症発症後に契約できる?
家族信託とは、家族が本人(親)に代わって財産管理を行う制度です。以下の3名が当事者となり、信託契約を結びます。
委託者 |
自分の財産を「受託者」に預けて管理・運用・処分してもらう |
受託者 |
「委託者」から預かった財産を管理・運用・処分する |
受益者 |
信託財産から発生した利益を得る権利を持つ |
委託者と受益者を同一人物に設定し、その子どもが受託者として親の財産管理を任されるパターンが一般的です。
家族信託を行う際によく問題視されるのが、「認知症になってからでも契約できるかどうか」です。家族信託は、多くの場合認知症対策として行われます。しかし、すでに認知症になってしまっている場合でも、家族信託はできるのでしょうか。
ここでは、認知症になってからでは原則家族信託が行えないことについてや、認知症でも契約できるケースがあることについて解説します。
- すでに認知症になっている場合、原則家族信託は行えない
- 認知症の場合は原則家族信託を行えないが、認知症の度合いが軽度であり判断能力が認められるときは行えることがある
- 家族信託可否の判断基準は明確には定められていないが、公証人や司法書士が行う本人確認に応じられるか、契約書に問題なく署名できるかといったところで判断される
家族信託は認知症発症後に契約できない
認知症になると家族信託は原則行えません。家族信託は契約行為であり、本人の意思能力が必要であるためです。
認知症などによって判断能力が大きく低下した状態で信託契約を結んだ場合、その契約は無効です。そのため、家族信託を検討している場合は認知症になる前に契約を結んでおく必要があります。
契約前に認知症になってしまった場合、親に代わって子どもが財産管理をするには「成年後見制度」の利用を検討するしかないでしょう。
ただし認知症であっても、軽度であれば家族信託ができる可能性があります。軽度認知症のケースと成年後見制度についてはそれぞれ後述します。
参照:民法第3条の2|e-Gov法令検索
軽度認知症であれば契約が結べる可能性がある
委託者が認知症でも、軽度であれば契約できる可能性があります。
前述のとおり、家族信託には判断能力が必要です。そのため、契約時点で当事者が認知症になっていると、原則として家族信託は行えません。
しかし認知症でも軽度であり、判断能力に問題がなければ、家族信託を行えるのです。
たとえば信託契約書を公正証書で作成する場合、公証役場の公証人が本人確認や意思確認を行います。その結果、意思表示ができて契約内容が理解できていると公証人が判断すれば、認知症でも契約可能です。
ただし、軽度の認知症であれば、必ず家族信託ができるとはかぎりません。軽度であっても、通常より意思能力が低下しているのは確かであるためです。
また、軽度だからといって安心していると、あっという間に進行してしまうことがあるため要注意です。家族信託を検討しているなら、症状が進行してしまわないうちに手続きすることをおすすめします。
意思確認や判断力の有無を診断するのは公証人・司法書士
委託者の意思確認や判断能力の有無を診断するのは公証人や司法書士です。それぞれが意思確認などを行うタイミングは以下のとおりです。
- 公証人:信託契約公正証書を作成するとき
- 司法書士:所有権移転・信託登記を申請するとき
家族信託を行うためには、委託者となる本人にその意思があり、制度を理解できていなければなりません。
信託契約書を公正証書で作成する場合、公証人が本人の意思や判断能力を確認します。不動産が信託財産に指定されているときは受任後に司法書士が確認し、問題ないと判断すれば申請準備を進めます。
このように、「信託契約できるだけの判断能力がある」かどうかを判断するのは医師ではなく、あくまでも公証人や司法書士であることを押さえておきましょう。
そのため、いくら病院で認知症が軽度であるとの診断を受けていても、公証人などとの面談の場でしっかりした受けごたえができなければ、「信託契約をする判断能力がない」と判断されてしまう点に注意が必要です。
なお、ケースによっては医師の診断書が求められることがあります。公証人や司法書士との面談に臨む前に、念のため取得しておいたほうがよいでしょう。
家族信託の最終的な可否は委託者の状態を加味して裁判所が判断する
家族信託可否の判断基準は、明確には定められていません。最終的な判断は裁判所が行うためです。
しかし、以下のように委託者の状態から判断する傾向にあります。
- 公証人や司法書士が行う本人確認に応じられる
- 契約書への署名が可能
- 家族信託の仕組みを大まかに理解している
- どの財産を信託財産にしたいか、誰に託したいかを伝えられる
公証人や司法書士が行う本人確認では、氏名や住所、生年月日が答えられなければなりません。印鑑証明書などの住所と相違がある場合や答えられないときは、「判断力がない」と判断される可能性が高いでしょう。
なお、要介護度と判断力は別物です。たとえば施設に入所していたり自力で歩けなかったりといった状態でも、契約内容を理解しており上記で挙げたような本人確認に応じられる能力などがあるなら、契約できる可能性があります。
反対に体は元気でも、重度の認知症で住所もわからないような状態であれば契約できません。
家族信託のメリット
家族信託のメリットは以下のとおりです。
- 二次相続に対応できたり信託財産を投資にしたりなど、契約内容の自由度が高い
- 成年後見制度のように月額報酬が発生せず、委託者・受託者間で契約書を交わせば成立するため比較的簡単な手続きで契約できる
財産管理が自由で、二次相続に対応できる
家族信託のメリットは、財産管理の自由度が高く「二次相続」にも対応できるところです。二次相続とは、一度目の相続で相続人だった人が亡くなったときに起きる二度目の相続のことをいいます。
成年後見制度では相続対策ができず、遺言書でも指定できるのは一次相続までであるとされているため、二次相続のことに関しては決められません。たとえば「自宅を長男に相続させる」とは指定できても、「長男の死後は孫に相続させる」とは指定できないのです。
しかし家族信託を行えば、「自宅を長男に相続させ、長男の死後は孫に引き継がせる」といった希望が叶います。
ただし、委託者と受益者が異なる場合、委託者から受益者が贈与を受けたとみなされ、受益者に対して贈与税がかかる可能性がある点には要注意です。贈与税の対象にならないよう、以下のように設定を工夫する必要があるでしょう。
- 委託者=第1受益者にしておく
- 第2受益者を長男に設定する
- 帰属権利者を孫に設定する
委託者と受益者を一緒にしておけば、贈与税は発生しません。また、長男を第2受益者に設定しておけば、委託者兼受益者が亡くなったときに長男が受益者となり、自宅を利用できる権利を得ます。そして長男が亡くなったら、帰属権利者である孫に権利が渡ります。
家族信託では、ほかにも信託財産を投資にしたり、ペットのために家族信託を組成したりといった契約にすることも可能です。自由度の高いところが家族信託の魅力といえるでしょう。
月額報酬がなく簡単な手続きで契約できる
成年後見制度のように月額報酬を支払う必要がなく、比較的簡単な手続きで契約できるところもメリットといえるでしょう。
成年後見制度では、後見人に対して月額報酬を支払わなければなりません。「家庭裁判所が決定した報酬額を支払う」というルールがあるためです。報酬額の目安は毎月2〜6万円程度であるため、後見人への報酬だけで年間24〜72万円の費用がかかってしまいます。
しかし家族信託にはそういった決まりがありません。多くの場合、受託者には委託者の子どもなどが就任するため、報酬が発生するとしても家庭内で自由に決められます。
また、手続き自体も比較的簡単です。成年後見制度では、家庭裁判所に対して申立てを行わなければなりません。そのため裁判所に提出する書類を揃える必要があり、手続きにも数カ月かかります。
しかし家族信託であれば、委託者・受託者間で契約書を交わせば成立するため、契約内容がシンプルで家族間でのもめごともなければ、1カ月以内に信託を開始できる可能性もあるでしょう。
家族信託のデメリット
家族信託のデメリットは以下のとおりです。
- 家族以外を受託者にする場合は、金融庁の許可を受けた業者でなければならず、弁護士・司法書士といった士業専門職を受託者として契約できない
- 信託財産に指定した財産に対しては、所得税の申告の際に黒字から赤字を差し引く「損益通算」が使えないため、所得税が高額になるおそれがある
士業専門職を受託者として契約できない
弁護士や司法書士といった、士業専門職を受託者にできないというデメリットがあります。家族ではなく事業者が受託者として財産管理を行うには、金融庁の許可を得なければならないと信託業法で定められているためです。
では金融庁の許可を得ればよいのではないか、と思うかもしれませんが、金融庁の許可を受けているのは信託銀行や信託会社のみであり、現時点で許可を得ている士業専門職はほとんど存在しないと考えられます。また、今後許可を取得する士業もなかなか現れないと予想されるため、「士業は受託者にできない」と思っておいたほうがよいでしょう。
家族信託は、家族が財産を管理することを前提とした制度です。受託者に指名できそうな人がいない場合は、成年後見制度や企業が受託者になる「商事信託」、生存中は信託銀行などに財産管理を任せる「遺言代用信託」などの制度を検討する必要があるでしょう。
黒字から赤字を差し引く「損益通算」が使えない
所得税の申告の際に「損益通算」が使えないこともデメリットのひとつです。損益通算とは、黒字から赤字を差し引いて所得を計算することです。
委託者が店舗と賃貸アパートを経営している場合の例を見てみましょう。
- 委託者が店舗とアパートを経営
- 店舗は黒字
- アパートは赤字
上記のケースでは、通常であれば損益通算によってアパートの赤字を店舗の黒字から差し引くため、その分所得が低くなります。
しかし、家族信託で運用している財産はほかの財産と相殺できません。たとえば店舗とアパートのうち、アパートだけが信託財産になっていた場合、店舗とアパートは損益通算できないということです。
そのため店舗で得た所得からアパートの赤字が引けず、所得税が高くなる可能性があります。
さらに、信託財産から年間3万円以上の収益を得た場合、信託計算書と合計表を税務署に提出する必要があります。税務上の手間が増える点もデメリットといえるでしょう。
認知症発症後は「成年後見制度」を活用する
認知症発症後は「成年後見制度」を活用しましょう。前述のとおり、判断能力が大きく低下してしまった場合、家族信託は利用できないためです。
ここでは、成年後見制度についてや家族信託との違いについて解説します。
- 成年後見制度とは、判断能力が低下した人のために「後見人」が財産管理や身上監護などを行う制度であり、大きく分けて裁判所が後見人を選ぶ「法定後見制度」と元気なうちに本人が後見人を選んでおく「任意後見制度」の2つがある
- 家族信託と成年後見制度では、財産管理の時期やかかる費用に違いがあり、元気なうちから財産管理を任せられる家族信託とは異なり、成年後見制度では判断能力が大きく低下してからでないと開始できない
意思能力が不十分な人に適用される保護制度
「成年後見制度」とは、判断能力が低下した人のために法律行為のサポート役を選任し、財産管理や身上監護などをしてもらう制度です。多くの場合、認知症などで財産管理や手続きを自分で行えなくなったときに利用されます。
「身上監護」とは、本人の生活や介護、医療に関する手続きを本人に代わって行うことです。介護そのものや身の回りの世話などは含みません。
制度には、大きく分けて「法定後見制度」と「任意後見制度」があります。
- 法定後見制度:裁判所の選んだ「法定後見人」が本人の財産を管理する
- 任意後見制度:本人が任意で選んだ「任意後見人」が本人の財産を管理する
法定後見制度は、任意後見や家族信託といった対策をしないうちに、本人が認知症などによって判断能力を失った場合に利用されます。一方で任意後見制度は、認知症などで財産管理やさまざまな手続きが自分で行えなくなったときのために、本人が元気なうちに後見人を指定しておく制度です。
法定後見制度では、本人やその配偶者、4親等内の家族から申立てを受けたあと、家庭裁判所で審問や調査、鑑定が行われ、後見人が選任されます。後見人には、本人の親族や法律・福祉の専門家、公益法人などが選ばれることが多いです。
それに対し、任意後見制度では本人が後見人にしたいと思う相手を自由に選び、任意後見契約を結びます。選ばれるのは、親族のほかに弁護士・司法書士などの専門家、NPO法人などさまざまです。
なお、法定後見制度はさらに以下の3つの類型に分かれます。
|
状態 |
該当例 |
後見 |
常に判断力が欠けている |
・日常的な買い物や身の回りのことが困難で常に手助けが必要
・脳死判定済み
・重度の認知症・知的障害 |
保佐 |
判断力がかなり不十分 |
・日常的な買い物や身の回りのことは行えるが、大きな買い物や契約などは困難
・中度の認知症・知的障害 |
補助 |
判断力が不十分 |
・日常的な買い物や身の回りのこと、大きな買い物、契約も行えるがひとりでは不安
・軽度の認知症・知的障害 |
上記のうち後見はもっとも症状が重く、本人を後見する「後見人」には、財産に関するすべてを代理できるなど、多くの権利が与えられています。
家族信託と成年後見制度の違い
家族信託と成年後見制度の違いは以下のとおりです。
制度 |
家族信託 |
成年後見制度 |
開始のタイミング |
信託契約を締結したとき |
判断能力が大きく低下したとき |
終了のタイミング |
自由に決定できる
(委託者の死後も継続可能) |
本人が死亡したとき |
受託者の役目 |
財産の管理・運用・処分
(契約次第では一部の身上監護も可能) |
財産管理のほか、身上監護も業務に含まれる |
費用 |
初期費用がかかる傾向にある |
後見が続くかぎり後見人への報酬が発生し続けるためトータルすると高額になる可能性が高い |
ここでは財産管理の時期や身上監護権の有無、費用負担について、制度別に解説します。
財産管理の時期
以下のとおり、家族信託と成年後見制度では財産管理を行う時期が異なります。
制度 |
財産管理開始の時期 |
財産管理終了の時期 |
家族信託 |
信託契約を結ぶと開始する |
・契約で定めた時点で終了する
(契約内容によっては委託者が死亡したあとも続く)
・委託者・受託者間で合意すれば途中でも解約可能 |
法定後見制度 |
判断力が大きく低下し、申立てによって成年後見人が選任されると開始する |
・本人が亡くなった時点で終了
・本人の判断能力が回復しないかぎり、開始後は原則途中でやめられない |
任意後見制度 |
判断力が大きく低下し、申立てによって任意後見監督人が選任されると開始する |
・本人が亡くなった時点で終了
・本人の判断能力が回復しないかぎり、開始後は原則途中でやめられない |
家族信託は、信託契約を結ぶと開始します。そのため委託者が元気なうちから財産管理を行ってもらえます。しかし成年後見制度では、法定後見・任意後見ともに本人の判断能力が大きく低下してからでないとスタートできません。
また、財産管理終了のタイミングも異なります。家族信託では、委託者兼受益者の死亡を終了時期とする契約が多い傾向にありますが、契約次第では委託者が亡くなったあとも継続可能です。
それに対し成年後見制度では、「後見が必要なくなったとき」に契約は終了します。後見が必要なくなったときとは、たとえば本人の判断能力が回復したときなどが該当します。
ただし、認知症で制度を利用する場合は判断能力の回復を見込めないケースが大半であるため、本人の死亡によって終了することが一般的です。
そのほか、家族信託・任意後見制度では元気なうちから対策が可能ですが、法定後見制度は申立て自体も本人の判断能力が大きく低下してからでないと行えないという違いがあります。家族信託・任意後見制度は、認知症が進み判断能力が大きく低下してしまってからでは利用できません。
身上監護権の有無
身上監護権の有無については、以下のような違いがあります。
家族信託 |
身上監護に関することを契約に盛り込んでいなければ、受託者としては行えない |
成年後見制度 |
身上監護も成年後見人の仕事に含まれるため行う必要がある |
身上監護権とは、本人が安心して暮らせるよう以下のことを本人に代わって行うことです。
- 住まいの確保や家賃の支払い、アパートの更新
- 生活環境の整備
- 生活費や光熱費、税金などの支払い
- 介護施設への入所や入院などの契約手続き
- 介護保険の契約
- 介護施設などの支払い
成年後見制度では身上監護も業務のうちです。そのため成年後見人は、上記のような業務を本人のために行う必要があります。
しかし家族信託では、受託者の業務に身上監護は含まれていません。受託者の役目は、あくまでも「委託者の財産管理や運用、処分を行うこと」であり、本人の代わりに法律行為を行う「法定代理人」ではないためです。
身上監護に関することも信託内容に含められますが、役所での手続きや入退院時の手続きなどは受託者の本人の名前でないと行えない場合があります。手続きによっては、成年後見人でないと行えないものもあります。
とはいえ、子どもが受託者になったケースであれば、受託者としてではなく家族として身上監護に関わる可能性はあるでしょう。
費用負担
それぞれの制度にかかる費用は以下のとおりです。
▼家族信託にかかる費用
項目 |
費用 |
専門家へのコンサルティング費用 |
信託財産の1%程度
※財産の価額が2,000万円なら20万円 |
信託契約書の作成費用 |
10〜16万円程度 |
公証役場の手数料 |
最低5,000円
※信託財産の価額によって異なる |
信託登記申請費用 |
10〜16万円程度 |
信託登記申請の際の登録免許税 |
固定資産税評価額の0.3〜0.4%
※土地は0.3%(令和8年3月31日まで)、建物は0.4%
土地:1,000万円なら1,000万円×0.3%=3万円
建物:1,000万円なら1,000万円×0.4%=4万円 |
信託口口座開設費用 |
5〜10万円程度
※無料の場合もあり |
▼法定後見制度にかかる費用
項目 |
費用 |
申立て手数料 |
800円 |
後見登記手数料 |
2,600円 |
収入印紙・郵便切手 |
3,000〜5,000円程度
※家庭裁判所によって異なるため要確認 |
鑑定費用 |
5〜10万円 |
診断書 |
数千円程度 |
専門家への報酬 |
10〜30万円 |
後見人への報酬(親族など) |
0〜5万円 |
後見人への報酬(専門家) |
2〜6万円 |
成年後見監督人への報酬 |
1〜3万円 |
▼任意後見制度にかかる費用
項目 |
費用 |
申立て手数料 |
800円 |
後見登記手数料 |
1,400円 |
郵便切手代
(審判書送付分) |
3,000〜5,000円程度
※家庭裁判所によって異なるため要確認 |
鑑定費用 |
5〜10万円 |
診断書 |
数千円程度 |
公正証書作成手数料 |
1万1,000円 |
法務局に納付する収入印紙代 |
2,600円 |
登記嘱託手数料 |
1,400円 |
書留郵便料
(登記申請の際の謄本郵送分) |
重量によって異なる |
専門家への報酬 |
10〜30万円 |
後見人への報酬(親族など) |
0〜5万円 |
後見人への報酬(専門家) |
2〜6万円 |
任意後見監督人への報酬 |
1〜3万円 |
このように、利用する制度によってかかる費用が異なります。
信託登記の申請や登録免許税、信託口口座の開設費用などがある分、初期費用がかかる傾向にあるのは家族信託のほうです。
しかし家族信託では財産管理を家族が行うため、信託開始後は契約の変更などが生じないかぎり費用はかかりません。そのため長い目で見れば、成年後見制度よりも費用を抑えられるでしょう。
それに対し成年後見制度では、後見が続くかぎり後見人への報酬が発生し続けます。たとえば後見が30年間続いた場合、月額2万円でも年間24万円、30年間なら720万円です。トータルの費用では、成年後見制度を利用したほうが高額になる可能性が高いでしょう。
参考:成年後見人等の報酬額の目安|東京家庭裁判所・東京家庭裁判所立川支部
参考:申立てにかかる費用・後見人等の報酬について|東京家庭裁判所後見センター
参考:申立てをお考えの方へ(任意後見監督人選任)|千葉地方裁判所
参考:任意後見契約|日本公証人連合会
家族信託か成年後見人制度で迷った場合の判断基準
家族信託か成年後見制度かで迷ったら、まずは委託者が現時点で認知症かどうかを判断し、その結果を踏まえて考えるとよいでしょう。どちらか迷っていたとしても、もしその時点で認知症によって判断能力が大きく低下しているのであれば、家族信託は選択できないためです。
ここでは、どちらか迷った場合の判断基準について解説します。
- 記憶力・理解力の低下や性格の変化など、チェックポイントに該当するかどうかで認知症かそうでないかを判断する
- ものわすれ外来や脳神経内科などを受診して、認知症かどうかを医師に診断してもらう。何科に行けばよいのかわからなければ、かかりつけ医を受診して適切な診療科を紹介してもらうとよい
認知症のチェックポイントで判断する
認知症かどうかは、いくつかチェックポイントがあります。
あてはまったからといって必ずしも認知症であるとは言いきれませんが、あてはまる項目が多い場合は認知症を発症している可能性があります。念のため医療機関を受診したほうがよいでしょう。
ここでは、症状別に認知症のチェックポイントを紹介します。
- 昔のことはよく覚えているのに最近のできごとをすぐに忘れてしまう、同じ話を何度もするといった場合は認知症の可能性がある
- これまで問題なく行っていたはずの料理や計算、運転などでよくミスをするようになったり、必要・不要の判断が難しくなり重要なものを捨ててしまうようになったりした場合は認知症の疑いがある
- 穏やかだった人が急に怒りっぽくなったり頑固になったりと、以前と性格が変わったように感じたときは要注意
記憶力が低下している
記憶力が低下している場合、認知症の疑いがあるかもしれません。以下に該当する場合は要注意です。
- 最近のできごとはすぐ忘れてしまうが、昔のことは鮮明に覚えている
- 同じ話を何度もする、同じことを何度も聞く
- 食事をしたこと自体を忘れる
- 重要な約束を忘れる
- しまい忘れや置き忘れ、探しものが増えた
- 電話を切った直後に誰と話していたかを忘れてしまう
- 日付がわからなくなる
通常であれば、忘れてしまっても何かしらヒントがあれば思い出すでしょう。しかし、ヒントを与えてもまったく思い出せない場合、認知症によるものわすれの可能性があります。
とくに、昔のことはいつまでも鮮明に覚えているのに最近のできごとが覚えられないのは、認知症の初期によく見られる症状です。そう感じることが増えてきた場合は、認知症の始まりかもしれません。
理解力が低下している
理解力の低下も認知症の症状のひとつです。以下に該当する場合は要注意です。
- 料理や計算、運転などのミスが多くなった
- 新しいことを覚えられない
- 家電やATMが操作できなくなった
- 掃除や片付けができなくなった
- 公共交通機関が使えなくなった
- 必要なもの・不要なものの判断ができず、大切なものを捨ててしまう
- 他人の会話の速さについていけない
- 人の話やテレビの内容が理解できなくなった
理解力が低下すると、これまで普通に行っていたことができなくなり、日常生活に支障が出ます。運転のミスが増えたり公共交通機関が使えなくなったりすれば、外出が億劫になるでしょう。会話についていけなくなれば人とのコミュニケーションを避けるようになり、症状の進行を早めてしまうおそれがあります。
また、必要か不要かの判断ができなくなることで、捨ててはいけないものを捨ててしまったり、逆に捨てるべきものを捨てられず、家の中がごみであふれてしまったりすることが予想されます。家がごみ屋敷化すると食中毒や転倒のリスクなども高まるため、家族のフォローが必要になるでしょう。
性格が変化している
認知症の症状のひとつに、性格の変化もあります。以下に該当する場合は要注意です。
- 頑固になった
- 以前より怒りっぽくなった
- 他人に対して気遣いができなくなった
- 何でもかんでも人のせいにするようになった
穏やかだった人が、認知症によって急に短気になるケースは珍しくありません。
「これを言ったら自分がどう思われるか、人がどう思うか」を考えて発言ができなくなると、認知症が進んでいる可能性があります。人のせいにするのも、認知症が原因かもしれません。
どのような変化があったにしても、「以前と比べて性格が変わった気がする」と感じたときは医療機関を受診することをおすすめします。
病院を受診して判断してもらう
病院を受診し、委託者が現時点で認知症かどうかを判断してもらうのもひとつです。病院で診察を受け、診断書をもらっておくと、結果はどうあれ家族信託・成年後見制度の手続きに使用できます。
以下の医療機関や診療科を受診すれば、認知症かどうかを診断してもらえます。
- かかりつけ医
- ものわすれ外来
- 脳神経内科
- 老年科
- 精神科
- 心療内科
- 認知症疾患医療センター
どこで診てもらえばよいのかわからないときは、かかりつけ医に相談するとよいでしょう。その医師が認知症の専門医でなくても、脳神経内科や精神科といった適切な診療科を紹介してくれるはずです。
そのほか、地元の「地域包括支援センター」に相談し、認知症の専門医を教えてもらう手段もあります。
注意点は、医師の判断が家族信託契約の可否に必ずつながるわけではない点です。医師の診断にかかわらず、公証人や司法書士が「判断能力がない」と判断すれば家族信託はできません。その場合は成年後見制度など、ほかの制度を検討するしかないでしょう。
家族信託の利用を検討すべき人の主なケース
家庭の状況によっては、ぜひ利用を検討すべきケースもあります。ここでは、家族信託の利用を検討すべきケースについて解説します。
- 親が認知症になると銀行口座が凍結してしまうおそれがあるため、親の介護や医療にかかる費用を親の資金でまかないたいなら家族信託を利用し、子どもが財産を管理できるようにしたほうがよい
- 親が不動産を所有している場合、認知症によって賃貸経営や売却などができなくなる。たとえ子どもでも親に代わって行えないため、賃貸経営が滞ったり自宅を空き家のまま放置しないためにも家族信託の利用がおすすめ
- 一度目の相続で相続人だった人が亡くなったときに起こる「二次相続」の際の相続先まで決めておきたいときは、遺言書では実現できないため家族信託の利用を検討すべき
介護や医療にかかる費用を親の資金で支払いたい場合
介護や医療にかかる費用を親(委託者)の資金で支払いたい場合は、家族信託の利用を検討することをおすすめします。
高齢になれば、介護費用や医療費などさまざまな出費が懸念されます。そういった親にかかる費用を親の資金でまかないたいなら、家族信託が向いているでしょう。
何の対策もせず親が認知症になった場合、暗証番号が分からなくなったり、出金伝票に署名できなくなるなどして、銀行口座から出金できなくなります。銀行としては、本人の意思が確認できなければ、子どもであっても預貯金の引き出しに応じてくれなくなります。預貯金を引き出せなければ、介護費用や医療費を家族が立て替えざるを得なくなるでしょう。
しかし親が元気なうちに家族信託を行っておくと、契約時点で親の財産は受託者に移ります。そのため親が認知症になっても銀行口座が凍結することはなく、親の口座から介護費用や医療費を支払えます。いざ認知症になっても、慌てずに済むでしょう。
親が不動産を所有している場合
親が不動産を所有している場合も、家族信託を検討したほうがよいケースです。
とくに、賃貸アパートやマンションといった収益物件を所有しているケースでは、親が認知症になって判断能力が衰えてしまうと賃貸経営が難しくなります。たとえ子どもでも親を代理する権限はないため、親の代わりに借主と賃貸借契約をしたり賃貸物件の修繕をしたりといったことはできません。
しかし家族信託をすれば、受託者に管理権が渡ります。子どもなどが親に代わって賃貸経営を行えるため、物件の管理や入居者への対応といった業務が滞らずに済むでしょう。
また、認知症になってしまうと契約行為が行えなくなるため、自宅を売却したいと思ってもできないという問題も発生します。家族信託で不動産を売却する権限を受託者に与えれば、不動産の売却も子どもが代わってできるようになり、自宅を空き家のまま放置せずに済みます。
後継ぎ遺贈型の受益者連続信託を検討している場合
「後継ぎ遺贈型の受益者連続信託」を検討している場合にも、家族信託はおすすめです。
後継ぎ遺贈型の受託者連続信託とは、委託者本人が亡くなったときの相続だけでなく、その先に起こる「二次相続先」をあらかじめ決めておける制度です。受託者連続信託を行うことで、「自分が亡くなったときは長女に相続させ、長女が亡くなったら孫に相続させる」といったことまで決められます。
「相続させたくない」と思っている二次相続以降の相続人に財産が渡ったり、先祖代々受け継いできた財産がほかの家系に流れてしまったりといった事態も回避できるため、委託者の希望に沿いやすい方法であるといえるでしょう。
遺言書でも、二次相続先については決められません。自分が亡くなったあとの、次の相続先まで決めておきたいのであれば、家族信託の利用を検討すべきでしょう。
家族信託と成年後見人制度の併用を検討すべきケース
ケースによっては、家族信託だけではカバーしきれないこともあります。その場合は成年後見制度との併用がおすすめです。ここでは、併用を検討すべきケースについて解説します。
- 介護施設への入居申込みや病院での入院手続き代行など、「身上監護」の必要があるときは両制度の併用がおすすめ
- 受託者は信託財産以外の財産を管理できないため、信託財産以外にも財産があるなら両制度の併用を検討するべき
- 両制度を併用する際は、費用がそれぞれにかかることと、契約・申立てや開始のタイミングが異なる点に注意が必要
身上監護の必要がある場合
財産管理のほかにも身上監護の必要がある場合は、両制度の併用を検討したほうがよいでしょう。財産管理は家族信託で対応できても、身上監護についてはカバーしきれないケースもあるためです。
たとえば家族信託の受託者は委託者の法定代理人ではないため、本人に代わって介護施設への入居申込みをしたり、病院での入院手続きを行ったりといったことはできません。しかし後見人なら、入居申込みや入院手続きの代行が可能です。
また、受託者には取消権がないため、委託者が行った契約の取り消しができません。しかし後見人なら、たとえば悪徳業者との契約など、本人にとって不利益だと判断できる契約を取り消し本人の財産を保護できます。
このように、受託者は財産の管理や運用、処分などは行えても、委託者の生活面まではサポートできない可能性があります。常に家族のサポートが受けられる環境であれば必要ないかもしれませんが、委託者がひとり暮らしの場合などは、受託者に加えて後見人の存在があるとより安心できるでしょう。
信託財産以外の財産がある場合
信託財産以外の財産がある場合も、両制度の併用がおすすめです。家族信託では、信託契約書に「信託財産」として記載した財産しか管理できないためです。
また、以下のように「信託財産にできない、または難しい財産」も存在します。
信託財産以外の財産を多く残した状態で委託者の判断能力が低下してしまった場合、信託財産以外の財産は誰も管理できなくなってしまいます。判断能力が大きく低下してしまってからでは、信託財産の追加もできません。
しかし成年後見制度を利用すれば、家族信託でカバーしきれない財産も管理してもらえます。信託財産以外の財産が多いなら、成年後見制度の利用も検討したほうがよいでしょう。
費用がかかる点と契約のタイミングに注意
両制度を併用する際の注意点は、以下の2点です。
- それぞれに費用がかかる
- 契約・開始できるタイミングが異なる
両制度を利用するとなると、それぞれに費用がかかります。依頼する専門家を統一すれば割引がきくかもしれませんが、トータルすると高額になる可能性が高いです。まずは専門家に相談し、慎重に検討する必要があるでしょう。
また、それぞれ以下のとおり契約・申立て、開始のタイミングが異なります。
制度 |
契約・申立て時期 |
開始時期 |
家族信託 |
本人に判断能力があるとき |
信託契約を結んだとき |
法定後見制度 |
本人の判断能力が大きく低下したとき |
本人の判断能力が大きく低下したとき |
任意後見制度 |
本人に判断能力があるとき |
本人の判断能力が大きく低下したとき |
たとえば任意後見制度を併用するときは、どちらも本人に判断能力があるうちに契約しなければなりません。
ただし、家族信託は信託契約を結んだときからスタートするのに対し、任意後見は本人に判断能力があるうちは開始できないため、同時には開始できません。
法定後見制度を併用するときは、判断能力があるうちに家族信託契約を結んでおき、先に家族信託を利用し始めます。その後本人の判断能力が大きく低下したら成年後見人選任の申立てを行い、そこから法定後見制度も開始という流れです。
このように、併用するといっても同時には開始できず、契約・申立てのタイミングに注意する必要があることを覚えておきましょう。
家族信託の契約内容の決定~運用までの流れ
家族信託契約の内容決定から運用までの流れは以下のとおりです。
- 契約内容や目的を家族内で話し合う
- 信託契約書を作成する
- 信託口口座の準備と財産の名義変更を行う
- 家族信託を運用する
まず、事前準備として信託契約の内容を家族内で話し合いましょう。
たとえば以下のような項目について話し合い、決定します。
- 家族信託を行う目的
- 信託財産
- 当事者(委託者・受託者・受益者)
- 受託者の権限
- 終了の条件
- 信託財産の帰属先
決定したらその内容を書面化し、「家族信託契約書」を作成します。
自分で作成したものでも使用できますが、おすすめなのは証明力の高い「公正証書」にすることです。公証役場に自分で作成したものを原案として持ち込めば、公正証書作成のプロである公証人が公正証書化してくれます。
作成後は公証役場で保管してもらえるため、改ざんや紛失の心配がない点もメリットといえるでしょう。
契約書を作成したら、信託口口座の準備と財産の名義変更を行います。信託口口座とは、受託者自身の財産と分けて管理するための専用口座です。
財産の管理は信託口口座で行うことをおすすめしますが、信託口口座開設時には審査があり、必ずしも開設できるとはかぎりません。開設できなければ、手軽に開設できる「信託専用口座」を開設するなど、ほかの方法を検討する必要があるでしょう。
不動産や株式など、「名義」という概念のあるものはそれぞれ名義変更をします。たとえば不動産なら、法務局に「所有権移転登記」と「信託登記」の申請が必要です。所有権移転登記によって名義が委託者から受託者に移り、信託登記によって信託内容が記録されます。
以上の手続きが終われば、いよいよ運用開始です。
委託者に判断能力があるうちは、受託者との合意で契約内容を変更できます。判断能力がなくなったあとも変更が必要になる可能性がある場合は、委託者=受益者に設定し、受益者に代わって権利行使する「受益者代理人」を設置するとよいでしょう。
家族信託の相談は専門士やコーディネーターへ
家族信託について相談したいときは、家族信託専門士や家族信託コーディネーターに相談するとよいでしょう。専門士、コーディネーターは、どちらも家族信託に関する専門家です。それぞれの違いは以下のとおりです。
専門士 |
・信託内容が法律面・税務面で問題がないか確認する
・専門家として、信託契約書の作成や登記申請などを行う |
コーディネーター |
・依頼者に説明やヒアリングを行い、相談窓口として機能する
・依頼者と専門家の間に立ち、依頼者の目的に合った専門家を紹介したり、専門家に依頼者の要望を伝えたりする |
家族信託をどのように進めればよいのかわからない場合や、どの専門家に依頼すればよいかわからない場合などは、まず「家族信託コーディネーター」への相談がおすすめです。コーディネーターが家族信託という制度について的確に説明してくれるため、制度を正しく理解した状態で家族信託に臨めます。
専門士は家族信託の専門士業です。司法書士や行政書士などの専門家が専門士の資格を持ち、活動しているパターンが多いです。
家族信託を専門にしている士業のホームページを確認すると、「家族信託専門士」と謳っているところもあります。コーディネーター経由で依頼してくれることもありますが、直接相談するものよいでしょう。
まとめ
認知症を発症したあとでも家族信託ができるかどうかや、成年後見制度との違いについて解説しました。
記事の中でも解説したとおり、認知症を発症してしまうと原則として家族信託を行えません。しかし、認知症と診断された場合でも、軽度であり判断能力に問題がなければ、契約できるケースもあります。
とはいえ、認知症の症状や状態は人によって異なります。また、いくら病院で軽度との診断を受けていても、「判断能力がない」と公証人や司法書士などに判断されてしまう可能性もあるため、成年後見制度も視野に入れておくなど、家族信託ができない場合のことも考えておく必要があるでしょう。
家族信託のことで困ったら、家族信託専門士やコーディネーターに相談するのもひとつです。無料相談を受け付けているところもあるため、まずは無料相談に申し込むところから始めてみてはいかがでしょうか。
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