兄弟姉妹以外の法定相続人には、最低限の相続財産として遺留分が認められています。
遺留分放棄は、遺留分について、自らの意思でその権利を放棄する手続きです。相続人の地位そのものを放棄する相続放棄とは異なり、遺留分以外の財産は相続することができます。
遺留分放棄によって、亡くなった人の意向に沿った遺産分割をしやすいだけでなく、遺産分割において相続人同士のトラブルが起こりにくいというメリットがあります。
ただし、遺留分を受け取る権利は、法定相続人に最低限認められた権利であるため、遺留分放棄するには裁判所の許可が必要です。
自らの意思によって遺留分放棄することや遺留分を放棄する必要性、遺留分放棄の代わりに受け取る財産などについて、裁判所が審理し、許可を与えるかを判断します。
なお、遺留分放棄は原則として撤回できませんが、遺留分を放棄した相続人にも一定の相続財産を残したい場合、遺言書や生命保険の受取人にすることで財産を残すことは可能です。
遺留分放棄があった場合の遺言の内容は、他の相続人含めてトラブルとならないようにしなければならないため弁護士など専門家に相談するのがよいでしょう。
この記事では、遺留分放棄についてメリットや注意点、手続きなどについて解説します。
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遺留分放棄とは遺留分の権利を自主的に手放すこと
遺留分放棄とは、相続財産における遺留分を自主的に放棄することです(民法第1049条)。
遺留分とは、法定相続人の一部に認められた相続できる最低限の権利です(民法第1042条)。
亡くなった人(以下「被相続人」)は、自らの遺産を誰に承継させるかを自由に決めることができます。
ただし、例えば、特定の人物にすべての財産を取得させる内容の遺言が残されていた場合、残された方の生活が立ちいかなくなる可能性があります。
そのため、法定相続人の相続に対する権利を一定限度保護するために、遺留分が認められているというわけです。
遺言書の内容が遺留分を侵害する内容の場合、遺留分権利者は、遺贈もしくは贈与を受けた人に対して金銭の支払いを求めることができます(遺留分侵害請求)。
ただし、遺留分が認められるのは、兄弟姉妹以外の法定相続人だけです。具体的には、配偶者や子ども、孫のほか、父母・祖父母などの直系尊属です。
※代襲相続は、相続発生時に被相続人の子どもが亡くなっている場合に、その子(被相続人の孫)が代わり相続人となること
遺留分放棄した場合、遺言や生前贈与で財産を受け取った人に対して、遺留分侵害請求はできなくなります。
相続放棄との大きな違いは相続権の有無
遺留分放棄と相続放棄の違いは、相続権そのものを失うかどうかです。
遺留分放棄は、遺留分以外の遺産は取得できますし、負の遺産を相続します。
また、相続放棄するには、自分のために相続があったことを知ってから3か月以内に家庭裁判所に申述しなければなりません。被相続人の生存中に相続放棄することはできません。
一方、遺留分の放棄は、裁判所の許可が必要となりますが、被相続人が亡くなる前でも手続きは可能です。
遺留分放棄の手続き方法
では、遺留分放棄の手続きはどのように進めればよいのでしょうか。被相続人が生きている場合と亡くなった場合に分けて解説します。
- 被相続人が生きている場合の手続き
- 被相続人が亡くなっている場合の手続き
被相続人が生きている場合の手続き
被相続人が生きている間に遺留分放棄するには、遺留分権利者本人の意思で家庭裁判所に申し立てることが必要です。
これは、被相続人や他の相続人からの不当な干渉を防ぐためです。
遺留分放棄の手続きは次のとおりです。
- 手続きに必要な書類を準備して提出する
- 照会書に回答を記入して返送する
- 家庭裁判所から審判結果が送られてくる
手続きに必要な書類を準備して提出する
被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所へ必要書類を準備して提出します。申し立てするのは、遺留分をもらう権利がある人(遺留分権利者)からしなければなりません。
必要書類と費用は次のとおりです。
- 家事審判申立書
- 不動産(土地・建物)の目録
- 預金や株式などの財産目録
- 被相続人の戸籍謄本(全部事項証明書)
- 申立人の戸籍謄本(全部事項証明書)
- 収入印紙800円分
- 連絡用の郵便切手
家事審判書申立書は、家庭裁判所に遺留分放棄の許可をもらうために作成する書類です。すでに被相続人から多額の資金援助を受けているためなど、遺留分放棄の申立てをする理由や必要性を記載して提出します。
戸籍謄本は、原則として、家庭裁判所で受け付け時点で発行から3か月以内のものが必要です。
参照:裁判所「遺留分放棄の許可」
照会書に回答を記入して返送する
裁判所によって異なる場合がありますが、通常、申し立てをしてから2~4週間程度で裁判所から申立人あてに「照会書(回答書)」が届きます。
照会書では、次のような点について確認されます。
- 遺留分放棄の許可の申立てをしたか否か
- 後見開始や補佐開始の審判を受けていないか
- 生前贈与された財産があるか(あればその内容)
- 遺留分の意味について理解しているか
- 自分の意思に基づいて行っているか(誰かに強制されていないか)
- 遺留分放棄の許可を得たいと考えた理由 など
照会書に回答を記入後、記載されている期限内に返送することが必要です。遺留分放棄の状況によっては、被相続人宛てにも照会書が届く場合があります。
なお、提出書類では遺留分放棄の理由が不十分と判断された場合などに、裁判官による面接(審問)が行われることがあります。この場合、裁判所から連絡が入るため、日程調整のうえ裁判所での面接が必要です。
家庭裁判所から審判結果が送られてくる
照会書を返送すると、家庭裁判所による審議が行われます。1~2週間程度で遺留分放棄を許可する審判が出ます。
許可の審判に対しては不服申し立てはできないため、許可の審判と同時に確定です。
一方、家庭裁判所が「申し立ては遺留分権利者自らの意思に基づくものではない」と判断した場合などには、不許可(却下)の審判がおります。
この場合、審判から2週間以内に不服申し立て(即時抗告)することで、高等裁判所の審判を求めることが可能です。
なお、遺留分放棄が認められるためには次のような条件が必要です。
- 本人の意思に基づくものである
- 申立ての理由に合理性・必要性ががある
- 申立人が遺留分放棄する代わりの代償を得ている
遺留分は民法で認められた法定相続人に最低限認められた重要な権利です。そのため、これらの条件について家庭裁判所は慎重に考慮したうえで判断します。
なお、遺留分放棄の審判が確定すると、申立人に審判書謄本が郵送されます。審判書謄本自体を相続手続きで使用することはありませんが大切に保管のうえ、被相続人にも複写を渡してあげると安心できるでしょう。
被相続人が亡くなっている場合の手続き
被相続人が亡くなったあとに遺留分放棄する場合、家庭裁判所の許可は必要ありません。遺留分を請求しない意思表示だけすればよく、遺留分侵害請求の対象となる相手に念書などを作成すれば足ります。
また、遺留分侵害請求権は、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈を知った時から1年間(知らなかった場合は10年間)権利を行使しなければ消滅し、遺留分を放棄したことと同じになります。
遺留分放棄をするメリット
遺留分放棄するメリットはどういったことが考えられるのでしょうか。
- 相続人同士でのトラブルを回避できる
- 被相続人の意向に沿って遺産を相続させられる
- 生前に放棄すると早めに財産(代償)を受け取れる
相続人同士でのトラブルを回避できる
遺留分放棄のメリットとして、相続人間のトラブルを回避しやすい点があげられます。
例えば、被相続人に長男と長女がおり、事業経営している場合などです。被相続人が長男に事業を引き継いてもらうために、すべての財産を相続させたいと考えていたとしても、長女が遺産分割を不満として遺留分を請求する、あるいは兄弟の間で相続トラブルとなる可能性があります。
この点、長女に生前贈与などで財産を移転させたうえで遺留分放棄をしてもらえば、遺留分侵害請求をすることもありませんし、相続人間のトラブルを防ぐことができます。
被相続人の意向に沿って遺産を相続させられる
被相続人が希望する内容で遺言書を残していたとしても、遺留分が請求されると被相続人の意向通りに遺産を相続することはできません。
遺留分を放棄してもらうことで、被相続人の希望通りに遺産を引き継がせることができます。
生前に放棄すると早めに財産(代償)を受け取れる
生前に遺留分を放棄するためには、遺留分権利者に代償を渡し、家庭裁判所の許可を受ける必要があります。
そのため、遺留分権利者にとっては、被相続人が亡くなる前に財産を受け取れるメリットがあります。また、相続開始後に親族間の相続トラブルに巻き込まれる心配も少なくなるでしょう。
基本的には相続開始後に遺留分放棄の撤回はできない
遺留分放棄をした場合、原則として撤回することはできません。そのため、遺留分放棄するかは熟慮して判断することが大切です。
ただし、遺留分放棄の審判後でも、申し立ての前提となった事情が変わり、遺留分放棄することが客観的に不合理・不相当となった場合、裁判所は職権で遺留分放棄の許可審判を取り消すことができるとされています(家事事件手続法第78条1項)。
例えば、長男に事業承継させる予定で他の相続人に遺留分放棄させたものの、事業がうまくいかず廃業することになった場合、あるいは、養子に行く予定の子どもに遺留分放棄させたものの、養子縁組の話がなくなってしまった場合などです。
遺留分放棄を撤回する場合、裁判所に職権発動を求める申し立てが必要です。
遺留分放棄した人に財産を残す方法
遺留分放棄したあとに財産を残したいと思うこともあります。その場合、どのような方法が考えられるのでしょうか。
- 遺言書を作成する
- 生命保険の受取人にする
- 生前贈与をする
遺言書を作成する
遺留分放棄をした相続人に対しても、遺言で財産を残すことは可能です。
このとき遺言書は、公正証書遺言にしておくことが大切です。遺言書には、「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」があります(民法第967条)。
このうち公正証書遺言は、2人以上の証人の立ち合いのもと、公証人が作成し、遺言者が署名・押印することで作成される遺言書です。
自筆証書遺言と比べ信用性が高く、裁判になっても有力な証拠能力を持ちます。遺留分放棄した相続人に対して財産を残す遺言となるため、相続人同士が揉めることがないよう、信用性が高い形式で遺言書を作成することがおすすめです。
公正証書遺言を作成するためにの必要書類と費用を知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
生命保険の受取人にする
生命保険の受取人に指定する方法です。
生命保険金については、受取人が指定されている場合、相続財産にはならず「受取人固有の財産」とされます。そのため。原則として、遺産分割協議の対象となる相続財産、遺留分の対象となる財産にも含まれません。
そのため、遺留分放棄した相続人を生命保険金の受取人として指定することで、遺産を残すことができます。
生前贈与をする
被相続人が亡くなる前に生前贈与する方法も考えられます。
ただし、生前贈与すると贈与を受け取った側に贈与税が発生します。年間110万円の基礎控除額があるため、その範囲内であれば複数年に分けて贈与すると贈与税はかかりません。
まとめ
遺留分放棄は、法定相続人に求められた最低限の相続財産である遺留分を自らの意思で放棄する手続きです。
相続放棄と異なり、相続人の地位そのものを放棄するのではなく、遺留分について放棄する制度です。
遺留分放棄によって、被相続人の意向に沿った遺産分割を実現できる、もしくは遺産相続でのトラブルをなくせるメリットがあります。
その一方で、遺留分権利者はその権利を放棄し、原則として撤回できないため、慎重な手続きが求められます。
そのため被相続人が亡くなる前に遺留分放棄する場合は、裁判所の許可が必要です。裁判所は、遺留分放棄が自由な意思のもとに行われたか、遺留分放棄の必要性、遺留分の代わりとなる財産の提供などの事情から許可するかを判断します。
被相続人の意向に沿った遺産分割を実現するために遺留分放棄してもらうとすれば、遺留分権利者にしっかりと理解してもらい手続きすることが不可欠です。
相続に関する専門的な内容を含めて話し合いが難しくなることもあるため、弁護士など専門家に相談することがおすすめです。
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