父親が亡くなった途端「自分が親の介護をしてきたんだから」などと、長男が遺産を独り占めしようとするケースを耳にすることがあります。そんな主張に納得いかない方も少なくないと思います。
原則として、長男が相続遺産を独り占めすることはできません。法定相続制度により、法定相続人として認められている人同士で相続を分配するように定められているからです。
ただし、遺産分割協議で長男が相続することに法定相続人が同意した場合や、他の相続人が相続放棄などで相続権を喪失した場合は、長男が遺産を独り占めすることが可能です。しかし、独り占めを容認できない場合は、相続する権利がある限り、遺留分の主張や遺産分割協議で長男の独り占めに同意しないことで防ぐことができます。
「長男が勝手に独り占めをしている」「遺産の分け方に納得がいかない」という場合には、相続に精通した弁護士に相談しましょう。
本記事では、長男が相続遺産を独り占めしている場合に起こりえるトラブルや対処法、弁護士に相談するメリット、選び方のポイントを中心に解説します。
長男が相続遺産を独り占めすることは基本的にはできない
戦前の民法には「家督制度」というものがあり、長男が家を継ぎ、すべての遺産を相続することが一般的でした。しかし、現在その制度は廃止され、法定相続制度が定められています。これにより、長男が遺産を独り占めすることは基本的にできなくなっています。
法定相続制度では、被相続人の遺産は法定相続人として認められる人の間で分配されるのが原則です。法定相続人には、被相続人の子供や配偶者などが含まれ、法律に基づいてそれぞれの相続割合が決まります。
たとえば、長男が法定相続人である場合、次男や長女、次女なども同じように法定相続人として認められ、原則として同じ割合で遺産を相続する権利を持ちます。
長男が全ての遺産を相続するケース
長男が全ての遺産を相続するケースもあります。そのケースは以下のとおりです。
- 相続人が長男しかいない場合
- 遺言書で遺産相続分が指定されていた場合
- 遺産分割協議で長男が相続することに法定相続人が同意した場合
- 他の相続人が相続放棄などで相続権を喪失した場合
それぞれ解説します。
相続人が長男しかいない場合
相続人が長男一人だけの場合、長男がすべての遺産を相続することになります。たとえば、母親がすでに他界しており、残された子供が長男だけである場合や、母親が他界し、長男と次男がいたものの次男もすでに亡くなっていて、次男に子供がいない場合です。
長男が独り占めしたいという意思とは関係なく、全ての遺産を相続することになります。
遺言書で遺産相続分が指定されていた場合
被相続人が作成した遺言書に「長男にすべての遺産を相続させる」と記されていた場合、長男が全ての遺産を相続することになります。ただし、遺言書の内容や形式に不備があった場合は、遺言書の効力が無効となる可能性があります。
また、他に相続人がいる場合、その遺言書が遺留分を侵害する可能性があります。遺留分とは、法定相続人が最低限相続できる権利で、もし権利が侵害された場合、他の相続人は「遺留分侵害額請求権」を行使して自分の取り分を主張できます。このため、遺言書によって長男が全ての遺産を相続する場合、他の相続人との間でトラブルが発生する可能性があります。
遺産分割協議で長男が相続することに法定相続人が同意した場合
遺産分割協議において、相続人全員が「遺産は長男がすべて相続すること」に同意した場合、長男が遺産を独り占めすることができます。
遺産分割協議では、相続人全員の合意があれば、遺産の分割割合を自由に決定することができるため、このような合意が成立することもあるわけです。
ただし合意には、相続人全員の賛同が必要で、たった一人でも反対する相続人がいれば、長男がすべての遺産を相続することはできません。
他の相続人が相続放棄などで相続権を喪失した場合
他の相続人が相続放棄したり、相続廃除を受けたりする場合、相続権を失います。その結果、長男が唯一の相続人となり、遺産のすべてを相続できます。
たとえば、次男が遺産を受け取らないことを決めた場合や、次男が被相続人に対して重大な非行を行ったことで相続廃除を受けた場合などです。
もう少し具体例を挙げると、父親が亡くなり、相続人として長男と次男がいたとします。
次男が父親に対して長年にわたり、暴力を振るっていたことが裁判所で認められた場合、父親は生前に次男を相続廃除の手続きで、相続人から除外できます。この結果、次男は相続権を失い、長男が父親の遺産をすべて相続することになるわけです。
長男が相続遺産を勝手に独り占めした場合に起こりうるトラブル
長男が相続遺産を勝手に独り占めした場合に起こりうるトラブルとして、以下のものが挙げられます。
- 遺産を使い込まれる
- 財産の内容を教えてもらえない
- ほかの兄弟に負担を求めてくる
- 遺産分割協議が難航する
- 親族との関係が悪くなってしまう
それぞれ解説します。
遺産を使い込まれる
長男が相続遺産を独り占めし、他の相続人に知らせずに、遺産を使い込んでしまうケースは少なくありません。使い込みが発覚した場合、他の相続人は「不当利得返還請求」を行い、使い込まれた遺産の返還を求めることができます。
ただし、請求には時効があり、相続開始から5年以内もしくは相続遺産の使い込みがあってから10年以内に請求しなければ時効となり、不当利得返還請求ができなくなる可能性があります。
そこで把握しておきたいのが、使い込みを立証するには時間がかかることが多いという点です。そのため、早めに弁護士に相談することが大切です。弁護士は必要に応じて「弁護士照会」という制度が利用できます。弁護士照会とは、弁護士が裁判所や各機関などに対して情報や資料を照会できる制度です。長男が遺産をどのように使い込んだのかについて、詳しく調べることができます。
また、親族間での遺産の使い込みは、たとえそれが不正であっても、基本的には刑事罰の対象にはなりません。たとえば、長男が父親の遺産を勝手に使い込んだとしても、親族間であるために罪には問えないのが現状です。
財産の内容を教えてもらえない
長男が遺産相続を独り占めした場合、他の親族は財産の内容や状況を把握しづらくなります。基本的に、長男が財産の内容を教えてくれなければ、他の兄弟や親族はどのような財産が相続され、どのように管理されているのかを知る手段がありません。結果的に不信感が高まり、トラブルにつながりかねないのです。
ほかの兄弟に負担を求めてくる
長男が財産の内容や状況を、他の兄弟に知らせないまま独り占めしている場合、不透明さを利用して、他の兄弟に金銭的な負担を求めてくる可能性があります。
例えば「遺産の管理や維持に必要な費用がかかる」といった理由で、金銭的な援助を要求するといったものです。他にも、労力的な負担を他の兄弟に押し付ける可能性もあります。こうしたことで兄弟間にトラブルが発生するケースが考えられます。
遺産分割協議が難航する
他の相続人が公平な遺産分割を求めているのにもかかわらず、長男が遺産を独り占めしようとする主張をすると、不満や納得できない気持ちが生じます。
遺産分割協議による話し合いが進まなくなってしまい、最終的に家族間の関係が悪化することも少なくありません。
親族との関係が悪くなってしまう
公平な遺産分割が行われないと、親族間にも不信感や不満が生じ、関係が悪化してしまう可能性があります。金銭的なトラブルは、感情的な対立を生みやすく、一度関係がこじれると修復が難しくなることも少なくありません。将来、助け合うべき事態が生じた際にも、互いに協力できなくなる可能性があります。
長男に遺産相続を独り占めされている場合の対処法
長男に遺産相続を独り占めされている場合の対処法は以下のとおりです。
- 被相続人名義の口座を凍結させる
- 取引履歴を調べ、使い込みの有無を確認する
- 使い込まれた分を取り戻すための話し合いを行う
- 遺言書で指定されている場合は遺留分の主張を行う
- 不動産を独り占めしている場合は調停を行うことを検討する
それぞれ解説します。
被相続人名義の口座を凍結させる
被相続人名義の口座を凍結させることで、たとえ長男が亡くなった親のキャッシュカードを預かり、暗証番号を知っていたとしても、勝手にお金を引き出すことができなくなります。
口座を凍結させるには、まず金融機関の窓口で名義人が亡くなった旨を伝え、手続きに進みます。手続きにあたって必要な書類は金融機関によって異なりますが、基本的に以下のものが必要です。
- 亡くなった人の除籍謄本または戸籍謄本
- 手続きを行う人の本人確認書類と戸籍謄本
遺産の独り占めを防ぐだけでなく、被害の拡大を抑えるためにも効果的な方法といえるでしょう。
取引履歴を調べ、使い込みの有無を確認する
取引履歴を調べると、遺産の使い込みが行われていないかを確認できます。
はじめに、銀行の通帳を確認し、被相続人が亡くなった後に金銭が引き出されていないかをチェックしてください。もし通帳が見つからない場合や、詳細な取引履歴を確認する必要がある場合は、銀行に問い合わせて取引履歴の開示を要望しましょう。
使い込まれた分を取り戻すための話し合いを行う
使い込まれた遺産を取り戻すためには、まず冷静に話し合いを行うことが大切です。使い込みを指摘するだけでなく、具体的に使い込まれたと考えられる金額や根拠となる証拠の提示をしましょう。
金額が大きい場合や深刻な争いになっている場合は、話し合いだけでは解決が難しいこともあります。そのような場合は、不当利得返還請求や損害賠償請求といった法的手続きの検討が必要です。
遺言書で指定されている場合は遺留分の主張を行う
長男に全財産を相続させることが遺言書で明確に記されている場合でも、他の相続人は「遺留分」を主張する権利があります。この権利が侵害された場合は、不足分を補うために長男に対して金銭を請求することができます(遺留分侵害額請求権)。
たとえば、遺言書により他の相続人が遺留分以下の財産しか得られなかった場合、侵害された分の金額に相当する金銭を、長男に請求できます。
ただし、遺留分侵害額請求権は「被相続人が亡くなった事実と不公平な遺言内容・贈与があった事実」を知っていたにもかかわらず、1年間放置した場合は時効となり、その権利が消滅します。また、知らない場合でも相続開始日から10年が経過すると、除斥期間が設けられているため必然的に権利が失われます。
不動産を独り占めしている場合は調停を行うことを検討する
長男が実家の不動産を独り占めしている場合でも、すぐに実家の不動産から退去させることはできません。そのため、まずは遺産分割協議や調停を行い、不動産の分け方を決める必要があります。
もし、長男が実家を取得することになった場合には、他の相続人に対して「代償金」を支払わなければなりません。代償金とは、相続人が本来得るべき相続分に相当する金額を、金銭で補填するものです。代償金によって公平な遺産分割が可能となります。
長男の遺産独り占めを弁護士に相談するメリット
長男の遺産独り占めを弁護士に相談するメリットは以下のとおりです。
- 遺産分割協議の交渉を任せられる
- 遺産分割調停や審判でサポートをしてもらえる
- 遺留分の請求手続きを代行してもらえる
- 遺産分割協議書の作成を依頼できる
それぞれ解説します。
遺産分割協議の交渉を任せられる
長男が遺産を独り占めしようとしている場合、弁護士に相談することで、遺産分割協議の交渉を弁護士に任せることができます。弁護士を代理人として話し合いを進めることで、当人同士の対立を避けながら協議できます。
相続に関する法律や手続きに詳しい弁護士が交渉に加われば、遺産分割協議が公正かつ最適な条件でまとまりやすいのもメリットです。さらに、相続人自身の負担が減るのもポイントになります。
遺産分割調停や審判でサポートをしてもらえる
遺産分割調停や審判になった場合でも、弁護士に依頼すると適切に対応してもらえます。こうした手続きはどうしても複雑になりがちで、個人での対応は大変な場合が多いです。そのため、専門的な知識を持つ弁護士に頼るのが安心です。弁護士のサポートを受けることで、手続きもスムーズに進みやすくなります。
遺留分の請求手続きを代行してもらえる
遺留分を請求する際には、弁護士に手続きを代行してもらうことで安心して進めることができます。遺留分侵害額請求権は、相続が始まったり、遺留分が侵害されていると知った時から1年以内に行使しなければならず、この期間を過ぎてしまうと権利を失ってしまいます。
また、遺留分の計算は複雑で、自分で正確に行うのは難しい場合があります。そのため、実績がある弁護士に依頼し、適切な計算と手続きを進めてもらうとよいでしょう。
遺産分割協議書の作成を依頼できる
遺産分割協議が無事に成立した後には、遺産分割協議書を作成する必要がありますが、慣れていないと難しく感じます。しかし弁護士に依頼すれば、遺産分割協議書の作成をしっかりサポートしてもらえます。
また、遺産分割協議書の作成だけでなく、その後の具体的な相続手続きについても相談や依頼ができるのは、大きなメリットです。複雑な手続きでも、弁護士の力を借りてスムーズに進められます。
依頼先の弁護士を選ぶ際のポイント
依頼先の弁護士を選ぶ際のポイントは以下のとおりです。
- 相続トラブルに関する経験や実績が豊富か
- 相続税のことまで考慮した提案をしてくれるか
- 明朗な料金体系か
- 依頼者にとって不利なことも伝えてくれるか
- 対応や返信が早いか
それぞれ解説します。
相続トラブルに関する経験や実績が豊富か
弁護士によって得意分野が異なるため、相続問題に関する経験や実績が豊富な弁護士を選ぶことが大切です。相続に関するトラブルでは専門的な知識が必要なため、実績を事前に確認してから依頼してください。
多くの場合、弁護士のHP(ホームページ)やLP(ランディングページ)には解決実績や過去の事例が掲載されているので、そちらをチェックすることで信頼できるかどうかの目安にできます。
相続税のことまで考慮した提案をしてくれるか
相続税のことまで考慮した提案をしてくれるかどうかも、弁護士を選ぶ際の重要なポイントです。相続税の申告は複雑で、専門家のアドバイスがなければ、思わぬ税負担が生じることがあります。節税対策をきちんと行い、相続税の負担を軽減するためには、相続税に関する知識や手続きに詳しい弁護士を選ぶべきだと言えます。
明朗な料金体系か
弁護士に依頼する際には、当然ながら費用がかかりますが、料金体系が依頼前に明確に提示されるかどうかも重要なポイントです。依頼後に予想外の費用が発生することを避けるためにも、着手金や報酬金について、最初にしっかりと説明してくれる弁護士を選ぶと安心です。
依頼者にとって不利なことも伝えてくれるか
弁護士に依頼する際には、必ずしも裁判で勝てる保証があるわけではありません。絶対に勝てるなどと安易に述べる弁護士は避けた方が良いでしょう。
相続問題は複雑で、予想外のリスクが生じることもあります。そのため、リスクについてきちんと説明し、依頼者にとって不利な点も包み隠さず伝えてくれる弁護士を選ぶことが重要です。誠実なアドバイスをしてくれる弁護士に依頼することで今後、適切な対応ができます。
対応や返信が早いか
相続問題は、家族間でのトラブルが発生しやすく、精神的に不安定になることも少なくありません。こうした状況では、依頼者にしっかりと寄り添い、迅速に対応してくれる弁護士がおすすめです。そこで一つの判断基準がスピーディーな対応や早い返信です。スピーディーな弁護士であれば、依頼者は安心感をもつことができ、問題解決に集中できます。
まとめ
長男が相続遺産を独り占めすることは、基本的には法定相続制度によって制限されていますが、特定の条件下では可能な場合もあります。例えば、相続人が長男だけである場合や、遺言書で長男にすべての遺産を相続させることが指定されている場合などです。
しかし、こうしたケース以外で長男が遺産を独り占めしていると、親族間で深刻なトラブルが生じる可能性があります。
これらのトラブルに対処するためには、早めに弁護士に相談することが大切です。弁護士は、遺産分割協議や調停、遺留分請求などの手続きにおいて専門的なサポートをしてくれます。
弁護士を選ぶ際には、相続問題に関する経験や実績、明朗な料金体系、迅速かつ依頼者に寄り添う対応を確認するとよいでしょう。